2008/07/17

オフィス浴衣

宵山も山鉾巡行もお天気に恵まれて、無事に終了したようです。連日の猛暑でバテ気味の私は、職場と自宅の往復だけで精一杯、とても祇園祭を楽しむ余裕はありませんが、祭の気配はひたひたと伝わってきました。今朝は巡行にあたり市バスルートが一部変更になるため、大通りにあるバス停には交通局の職員が1名ずつついて、乗客に案内をしていました。市役所前を通ると、御池通には恒例の観覧席(パイプ椅子)が設えらえ、広場では警察官がぎっしり並んで朝礼(?)中でした。昼食を食べに外に出ると、人がぞろぞろと歩いて通ります。どこも混んでいるやろうし、というので、穴場のカフェに避難しました。

宵山の様子は夜のローカルニュースで見ました。月鉾の周囲を大勢の人が歩く四条通。町中は風が吹きませんし、ただでさえ蒸し暑い京都に、ぎっしりと人混みができて、むんむんした熱気が伝わってきます。浴衣姿の人も多かったようで、そう言えば、三条通で粋に夏きものを着こなした、ハンチング帽の男性ふたりを見かけたっけ。後ろ姿を見ただけでも様になっていました。(おしゃれなふたりのお顔を見たかったのですが、追いつけませんでした、、。)

大勢の観光客を出迎える市役所でも、ちょっとした試みがあったようです。鳥取県の羽合温泉や和歌山県の白浜温泉では、夏の間お役所の係員がアロハシャツを着用することで知られていますが、和装産業の中心である京都で、ようやく係員が浴衣を着る動きが出てきたようです。(京都新聞記事7/16) まだ有志の職員の参加のみだそうですが、きもの愛好者としては、この動きが大きく育ちますようにと願っています。

関係者にこの話をしていたら、浴衣に着替える職員のために、庁内に臨時のきもの更衣室が設けられたそうです。さすがしきたりを重んじる京都、朝から浴衣姿で出勤するのはマナー違反という認識があるのですね。(職員か観光客かわからなくなるからかも、、。)帰りは着替えずに宵山へ直行、なんてことが許されたのか、そこまでは聞きそびれてしまいました。

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2008/07/14

クロップト浴衣

連日真夏日が続く京都です。昨日祇園祭の山鉾巡行の「曳き初め」があり、本日は宵々々山というので、朝からちらほらと浴衣姿の女性を見かけました。出勤時に見る浴衣は何とも奇妙な風景で、どういう顔をして通り過ぎればいいのか迷いました。まあ、キャミソールという下着に近い洋服が堂々と表を歩いている時代なので、朝から浴衣もありなのかも知れませんが、頭の片隅に「浴衣は湯浴み後に着るもの(バスローブみたいなもん)」という常識が残っている世代としては、「なしくずしになっているなあ」と嘆息します。

当人は「京都で浴衣、うふ」と楽しんでいるのでしょうが、若い男性と一緒にいると「お泊まり帰り?」と見られてもしかたないですね。別の日に、昼間にキャリーケースを曳く浴衣姿の女性を見かけましたが、裾を足首から10センチは上げて着て、大股で急いで四条通を歩いていました。また別の機会に見た浴衣の女性も、同様に脛の半ばまで見えるような丈で着ていました。

洋服にはクロップトパンツという類があるので、こういう着方は「クロップト浴衣」と呼んでいいと思いますが、子どもなら可愛く見えても、大の大人がスネ丸出しというのはいただけません。足元が濡れないよう、裾を上げ目にして着たいという心境はわかりますが、いささか異様です。数年前は浴衣をミニスカート丈で着るヤマンバたちを見かけましたが、そこまで行くと「これは浴衣か、それとも法被か」と悩んで、文句言うのも忘れてしまいました。

背が高すぎて、自分に合う身丈の浴衣が見つからないのか。裾さばきがしにくくて、どうしても短めに着てしまうのか。ファッション誌がそういう着方を提案しているのか。人混みに入ってしまえば足元は見えませんが、「みっともない!」と叱るお母さんやおばさんがいないのですね。そもそもは、そこが大問題なんやな。

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2008/07/03

フクザツな帛紗の問題

茶道を初めて7年間、私がずっと頭を悩ませてきた疑問があります。あまりにも当たり前すぎて、未だにアホな質問を連発しているというのに、こればかりは聞くのをためらわれた、その疑問とは。

どうして帛紗は絹でなくてはならないの?

ひょっとすると絹以外の素材の品があるのかも知れませんが、私が見る限り絹100%。しかも、正式なお点前をする際には、女性はオレンジ色、男性は紫色に統一されています。お稽古の時はいろいろな柄を楽しめるのですが、奥伝では皆一様にオレンジ無地の帛紗を使っておられました。そういえば、引次のお祝いに先生から帛紗をいただいていた、、。1年前のことなので、すっかり失念していました。私は常のお稽古の時と同じように、ワンポイント入りの帛紗を持っていたのですが、おかげで複雑な使い方がよくわかり、便利でした。四方さばきの真や行にも、模様があると助かります。

本筋から逸れてしまいました。レーヨンやアクリル、テンセルなど、新素材が豊富にある現代において、帛紗が絹でなければならないのはなぜでしょう。もちろん、天然素材である絹のよさは、きものを愛する者として肌で感じておりますが、実際にお茶のついた茶杓を浄めると、どうしても汚れが残ります。建水の上で軽くはたくという動作はありますが、これは象徴的な行為であって、しつこくポンポン叩いていては「みっともない」と言われます。帛紗は手洗いすれば色落ちしたり縮んだりします(すでに経験済み)。ドライクリーニングに出す訳にもいかず、「いいのかな?」と思いながら、そのまま次のお稽古に使います。

茶道の歴史において、愛好者が大名や公家、資産家だったので、絹物を惜しげもなく使ってきたのだろうと思われますが(汚れたら、たぶん部下や身分の下の者に下賜されたのでしょう)、いまやウォッシャブルシルクが開発されたのですから、せめて手洗い可能な帛紗を使えるようにならないのかな。

そして、帛紗の最大の難点は、きものにはフィットしても、洋服にはつけるところがないことです。濃茶はともかく、自宅で人に薄茶を差し上げるだけなら、盆略か立礼で工夫したら、お稽古の成果を発揮できそうなのですが、ここで困るのが帛紗の置き所です。いまはすべて帯にはさむことを前提に所作が決められています。これはこれでいいのですが、洋服の場合の置き場を定めていただければ、自宅でもっと薄茶を楽しめるのになあ、と思ってしまいます。キッチンで点ててお出しするのでも事足りますが、ただお出ししたというだけで、茶道のよさは伝わりにくいのではないかと思います。

道具を浄めるための帛紗、でもそれ自体は洗えない帛紗。帛紗はとても矛盾したあり方を生きているようです。

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2008/06/29

当たるも八卦の奥のお稽古

引次をいただいてもう1年になりますが、昨年は「週末トド暮らし」でまともにお稽古に通えませんでした。今年は奥伝のお稽古も含め皆勤を目ざしています。という訳で、奥伝のお稽古に初めて臨みました。

すごい、この大雨予報の中でも先輩方揃ってきものをお召しです。しかも単衣の季節です。私の「演歌歌手一歩手前」のど派手な単衣は恥ずかしくて着れそうにありません。洋服で来たのが正解だった。ほっ。

お稽古場には真の台子と行の台子が出されており、次から次へと「へえ」と感嘆するような発見がありました。古帛紗捌きとか、天目茶碗がお仕覆に入っているところとか。それは大円之真のお点前だそうで、現在大円之草を学習中の私は、見ると絶対に混乱するのがわかるので、見ない方がいいのですが、面白くてつい見てしまいます。

実際にお稽古したのは、許状をいただいている行之行台子です。白木の四本柱の台子に、八卦盆を用います。八卦盆、大きなお盆に八卦が螺鈿で細工されていて、とてもきれい。奥伝の手順は口伝ゆえ詳細に書くことはできませんが、今までのお点前を組み合わせ、さらに複雑になっています。長板総荘と台天目、唐物が透かし見えるのですが、まだ全体像が皆目見えません。帰宅するなりメモを取ったのですが、?マークを随所につけねばなりませんでした。

ようやく、たまなさんとしっかりお出会いすることができました。たまなさん、ナイスフォロー、ありがとうございました。私の不調法ぶり、ブログでいかに正直に書いているか、おわかりになりましたでしょう。

お軸は淡々斎の「和敬清寂」。宗室と読めても何代目かわからない。柔らかな筆致は坐忘斎のようですが、かなり古色が、、と凝視していたら、たまなさんが教えてくださいました。字がお祖父様に似るというのは不思議です。お花は縞葦、白桔梗、下野。お菓子は緑に雨滴を表したきんとんに、氷室のお干菓子でした。

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2008/06/26

お干菓子のお気に入り(22)

吉野の葛菓子が終わったところで、次は新しい菓子司を開拓したいなと思い、ときどきお稽古でいただいていた大徳寺納豆入りのお干菓子を求めて、自転車で尋ね回りました。その甲斐あって、ようやく見つけました。

二条城の近くにある「芳富軒」という和菓子屋さんは、表から見ると気安く入れる店構えですが、ショウケースの中には派手ではないけれど存在感のあるお菓子がいろいろと並んでいます。私が探していたのは「一休」という菓銘の打物です。おちょぼを一回り大きくした形ですが、白い生地はしっとりとしていて、刻んだ大徳寺納豆が全体に散らされています。なるほど、大徳寺納豆だから「一休」なのですね。

口に含むとしっとりした砂糖の甘さに混じって、大徳寺納豆の塩辛さがアクセントとなり、納豆が噛むほどに甘みと対比されて、口中で甘辛のかけひきが行われているような感じです。ボリュームとしても、食後の一服に添えるのに適度な量です。個装されており、1個40円。店頭には9個箱入りが出ていますが、「自家用で」と言うと、「お好きな数だけ包みます」と店主のおじさん。15個注文すると、お肉を包むような紙包みにくるんでくれました。こういう気取りのなさも好感度大ですね。

WEBにお店のHPはありませんが、さすがは京都新聞コラム「京菓子小町」はしっかり取材していました。(ちなみにこのサイトの「菓子ひなみ」は365日京菓子を紹介するコラムを集大成したものです。見出すと止まらなくなります、、。)「芳富軒」には「雁食」という銘菓もあるようです。次回はそちらをいただくことにしましょう。

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2008/06/22

踊る花月のお稽古

「花月のお稽古は誰でも洋服ででも参加できるから」と聞いて、初めて花月のお稽古に飛び込みました。降ったりやんだりの雨模様のなか顔を出すと、日頃ご一緒することのない先輩方がきもの姿で「三友」をお稽古しておられるところでした。

「三友」とは花を入れ、香を聞き、お茶を点てるという三つの要素が入った応用編です。「三楽」でもよさそうなものですが、あくまでチームワークを練習するので「楽」とは言い難いのかも。華道、香道、茶道と伝統芸術そろい踏みといった感があります。個人的にはここに書道まで加わるとつらいなあ、、。歌を詠むバージョンもあるそうで、そっちの方が気楽です。

次は私も加わって「平花月」をお稽古しました。折敷の扱いと足の運び方がいまいちわからないまま、指示されるままに動いていたのですが、「あくあさん、足が外を向かないように」とペンギン足を注意されます。折敷から札を取って、亭主が茶杓を持ったところで札の裏を見て「月」「花」「まつ」と名乗り、席を入れ替わる。「月」「花」は字だろうと思っていたので、記号を見てもピンと来ず、名乗りが遅れました。トランプのゲームと似た要素がありますが、残念ながらジョーカーがありません。

「濃茶つき花月」では「月」をひいてしまいました。「聞いてないよー」と内心ぼやきつつ、生来いらちの私はかなりさっさとお点前をしました。「20分で終わるように」と、これは支部研修会でも聞いた通りに言われるのですが、私のような初心者が入れば自然ともたつきます。申し訳ないなあ。次はもうひとり初心者が加わって、再度「平花月」を。だんだんと5名の動きが全体像としてイメージされてきました。

「先生、アホな質問ですが、これは何のためにするのですか?」こんなことを訊けるのも初心者の特権です。「同じぐらいお稽古を積んだ者が一緒に息を合わせて、それぞれの役を果たす練習です。」歴代のお家元が考案した練習方法がいろいろあるそうです。「だんだんと複雑になるわね。」先代と違うものを考え出すのは、なかなか難しいのでしょうね。

初めての花月は、例えて言えば、室内楽の練習のようなものかと思いました。指揮者が居ないから、あうんの呼吸でリズムを合わせる。ここに立ったり歩いたりが加わって、これはまるで演奏しながらワルツを踊るようなもの。社交ダンスの踊り手たちは、大きなホールで踊りながら、よくぶつからないものだと不思議でしたが、あれにもなにか規則性があるのでしょうね。茶道では足の横移動がないだけマシ、、いやいや、正座したままの90度回転があったっけ。それにしても、音楽や舞踊に「道」がないのは何故でしょうか?

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2008/06/18

ブログの模様替え

よそさまのブログにお邪魔すると、季節に合わせてデザイン(ココログでいうテンプレート)を変えておられるので、「いいなあ」とつぶやいてしまいます。私のブログは開設以来まったく変えていません。「ochanomizu」は大好きな紫を背景色に、アクセントに黄色をさしてみたら、タイトル部は自然と深緑になりました。この組み合わせが妙に気に入って、変えようという気になりません。かさねの色みたいと思い、調べてみたら「二つ色」という組み合わせの一部のようです。

「夢みる短歌」の方は既製のテンプレートを使っていますが、これもきもの好きですぐに寝っ転がる私にはぴったりなので定着しています。実体はこんなに愛らしい少女ではなく、ただのおばさんです。

それで、このブログ画面の右サイドには、「私の本棚」「目覚めの音楽」を取り上げてきましたが、ネタ切れしてきたので、新しく「茶道具の蔵」というリンクを設けました。すぐに美術館の展示会期を調べられるように並べた、自分用のブックマークです。とりあえず「関西編」をあげています。「茶道具の蔵」の名称は、「美術館は私のお宝の蔵よ」という私の信念を表しています。「うちが手狭なので、預かってもらっている」のです。ちなみに「百貨店は私のクローゼット」とつぶやき続けると、「買う必要はない」と自己暗示をかけることができます。しばしば失敗しやすいのが難点ですが。上沼恵美子さんのように、ホラを吹いているのではありませんので、念のため(この例えは関西でしか通用しないか、、)。

それと、以前にアップしていたフォトアルバムは、すべて紛失したため、存在していません。「岡崎 清流亭」で検索された皆様には申し訳ありませんが、画像はありません。本音は、お干菓子のお気に入りにフォトをつけたいところですが、最近はHPを持つ菓子舗も多いので、リンクさせていただいています。次回予定のお干菓子はWEBには見つからない品だと思うのですが、さていかに。

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2008/06/15

樂美術館にいく

梅雨の晴れ間に樂美術館の「樂家の系譜 歴代の名品」展に行って来ました。最終日なので朝一番に自転車で乗り付けると、よく雑誌などで見かける「樂ちゃわん」ののれんを掲げた立派な建物の南に美術館があります。到着したのは10分前ですが、すでに「開館」のサインがあり、「しめしめひとりで館内貸し切り状態か」とほくそ笑んでいたら、すぐにふたり、またひとりと入館者が続きました。

樂茶碗、よく茶道具展示で見かけますが、私は特に興味がある訳ではありません。でも、お茶を習うようになってから、抹茶の色が一番引き立つのは、赤や黒の茶碗だと実感しています。まだ勉強不足でどこが見所かよくわからないままに、第1展示室へ。暗い、、。実際のお茶室の暗さに合わせてのことだと思うのですが、目が慣れるまでしばしかかります。正面に初代長次郎の黒「勾当」。手の平に載る大きさといい厚みといい枯れた佇まいといい、長次郎が一番じゃないかなと素朴に思います。八代得入の作品もすっきりしていて好きですね。赤では五代目宗入の銘「福の神」、これなら私も欲しいな。私の判断基準は小さな手に扱いやすい大きさと、あまり作為を感じさせない単純さ、ですね。

後座を演出する明るい中二階には、水指や香合などの作品が並びます。面白いと思ったのは、印箪笥で、歴代の「樂」印を小さな粘土板に押した物が残されているのです。中島誠之助氏のような目利きはこれをしっかりと記憶しているんやなあ。私の目には樂印を打ち出した落雁に見えてきて、「いやあ、いい仕事してますね」と言いたくなります。さらに、七代長入の「印尽四方香合」という作品は、樂印をぽんぽんとあしらってアクセントにした香合です。ルイヴィトンのモノグラムか、、。これだけの樂印、しまっておくのはもったいないと思うのですが、そういう感覚とは無縁の世界なのですね。

でも、次の三階にはどどーんと「どえらい」お茶碗が待っていました。本阿弥光悦作赤樂「立峯」です。松永耳庵の添書があり、私が読み下したところでは「これこそホンマの光悦やで!あんさんが持ってても何の価値もないやろが、どこぞの名家から出たもんにすればどえらい茶碗になりまっせ」と読めます。すみません、茶碗よりもこの添書に目を奪われてしまいました。もちろん、茶碗も景色の良い名品でした。

廊下の壁にはり出された年表がわかりやすく、長次郎の二百五十回忌、三百回忌にはそれぞれ同数の赤茶碗が作られたようです。この樂家の窯で?その大量の樂茶碗は祖供養だった?ちなみに四百回忌は1988年に行われていますが、茶碗についての記載はありません。「これは長次郎三百回忌に焼かれたものですね。いやあ、珍しい」という樂茶碗、なんでも鑑定団に出てこないかしら。

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2008/06/14

長板そうそうのお稽古

週の後半を絶食トド状態で過ごしたので、ためらうことなく葛きりをいただきに「八十吉」を訪れました。蓋を開けるとミニ葛菓子が2つ現れます。その中蓋を開けると、大きな氷とともに水に浸かった葛きりが現れます。黒糖だけで作った黒蜜につけていただくと、「ええっ?」と思わず声が出ます。これが本物の葛きり、、。今まで食べてたのは何だったの?と言いたくなる。「お客さんは皆そう言わはりますよ」と女将さん。その食感を言い表すのは難しいのですが、あえて言えば、本物には葛まんじゅうのあのとろり感が舌に感じられるのに対し、出回っている葛きりは寒天ゼリーに近い食感です。勧められて黒蜜も全部いただきました。「次はぜひ温かい葛餅を召し上がってください。」はい、ぜひ。

満腹するとなぜ人は上機嫌になるのか、と心理学的考察にふけりながら、お稽古に行きました。長板総荘りが出ており、さっそく初炭手前をさせていただくことに。炭手前は久しぶりです。炭斗に仕組む炭は丸と割だけでよかったかな、足りないと困るからもう1本丸を入れておこうっと。だいたい初めの見当が当たっていることが多いのですが、今回もそうでした。おまけに、火箸まで入れて点前座に出たものだから、火箸と丸炭を下げに戻らねばなりません。建水から蓋置を出せば、見たことのない手の込んだ銅細工です。初めまして、火屋さん。

不調法者の私の今回の大失敗は、下火を直す際に灰形を一部崩してしまったことです。崩してから気づく灰形。そうそう、ブログ仲間のAkatsukiさんがお稽古に励んでおられたのは、この灰形のことか。灰匙があるし、応急処置(匙の腹でペタペタとならす)をしたくなりますが、どうも御法度のようです。藤灰が灰器のなかで飛び散っているのを見られて、「ちゃんと灰匙ですくって移し替えなさい。」「はい。」「灰器を持つ手は灰匙の向こう側ですよ。」「はい。」「かざりの火箸は畳に突かないの」「ああ、飾りがありますね」、「そうじゃなくて、荘ってある火箸のこと。」「はいっ!」

我ながら、全く手のかかる生徒やなあと呆れますが、この歳になると脳の神経伝達がゆるーくなっているので、若い時分はすいすいとできたことも、瞬時につながらなくなるのですね。なんて言い訳せずにちゃんとお稽古しましょう。火を直したその風炉で薄茶点前をしました。「手順を覚えたら、美しく、ね」と基本から手の位置を直していただきました。

空いていたので、続けて唐物を。あれ、火窓前に仮置きやなかった?それは前回した盆点でした。大円草と並行して中級をおさらいするのも善し悪しかな、、。お客様も少なかったので、願い出て自分で点てたお茶をいただくことにしました。いちど味見をしてみたいと、ずっと思っていたのです。「流し点というのがあるから、またやりましょう」と先生はおっしゃるのですが、お茶の先生はどうしてこんなにややこしい手順を、混乱することなく覚えておられるのでしょうね。お茶のお味ですか?お茶の量が少なかったようですが、そう不味くもなかったので安心しました。

お花は縞葦に河原撫子、金糸梅、京鹿子、九階草。お菓子はきんとんの紫陽花に空豆の形のすはま団子でした。

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2008/06/10

ネット通販依存症対策

最近食べるものが何でも美味しくて、三段腹がスイカ腹になりつつあります。せめてもと、バス通勤を徒歩に変えました。歩数計で測ってみたら、往復で5000歩にしかなりません。仕事はデスクワークのため、一日一万歩なんて到底無理です。お腹に入れる量を減らすのが一番ですが、先日コンビニで明治製菓の「ソルティープラリネチョコレート」という板チョコを見つけてしまい、完全にチョコレート依存に陥っているので、焼け石に水の状態です。

今年初めに液晶TVをネットで購入しました。今までポータブルDVDプレーヤーでTVも見ていたのですが、勤務時間が5分早くなり、毎朝の「ちりとてちん」を最後まで見られないという事態になったからです。新しいTVがやっと届いて、「これでうちも地デジOKね」と喜んでいたら、てきぱきと設置作業をしていたおにいさんが、「共用アンテナが対応していません」と冷たい一言。ううう。マンションなので、大家さんが決断するまで待たなければならない、、。何のために買ったのやら。

「そうだ、この機種はPC対応!」とPCモニタとして使うことにしました。マニュアルと首っ引きでコード類をつなぎ、指示通りに設定したはずですが、なぜか画面が横伸びして、うまく枠内に収まってくれません。今も画面を閉じる×ボタンが見えず、手探りでカーソルを動かし、うまくヒットしたら閉じるという運任せの操作をしています。

しばらくして、横長画面のメリットに気づきました。DMでファッションや雑貨の案内が来ても、どの画像も横長なので、どのモデルもふとっちょさんに見え、本来ならスマートなラインの商品も間の抜けた感がただようのです。「見た目がわからへんし」とあっさり読み飛ばしています。これって、買い物依存症への効果的な対策かも。

残念なのは、食品は多少横長に見えても全く問題ないという点です。週末トドと化して寝込む私は、生鮮食品を定期的に届けるネットサービスを利用しており、すごーく便利で気に入っているのですが、値段が高めな分美味しい食材が届けられるので、確実に舌を肥やしてしまいました。衣料より食料に走る私は、やっぱりくいだおれ大阪人なのです。舌も肥えれば身も肥える、、。

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