2009/07/11

続き薄の続くお稽古

梅雨の晴れ間に洗濯と布団干し、ばたばたと家事をこなしてからお稽古に出かけました。8月末の1週間、正午の茶事のお稽古が行われます。亭主・半東を担当する日と客としておよばれする日と、1週間のうちに2日を予定しています。暑いので、正午の茶事といっても席入りは夕方5時、続き薄により後炭を省略して、約3時間を見込んでいるそうです。

真っ先に考えたのはきもののこと。昨年は半東をさせていただきましたが、冷や汗もので、単衣の小紋に汗じみが点々と、、。しみ抜きに出したらものすごい料金になりました(涙)。今年は残暑がより厳しく、汗をかくのはおりこみ済み。ここはざぶざぶ洗える化繊のきものが望ましい。というわけで、定額給付金は洗える色無地のきものに使わせていただきます。

これでもうコワイものはありません。後顧の憂いなく(?)、昨年の反省をふまえて精進したいと思います。水屋で用意するものを確認して、初炭と続き薄のお稽古に入りました。続き薄は拝見が割所望となるため、亭主、半東、客の三者ともに手順をしっかり覚える必要があります。まだ、誰が当日の正客になるかわからないので、みな真剣そのものです。

初炭の手順は頭に入りましたが、膝を退いたり進めながら灰器を扱う動作がまだまだぎこちなくて、不器用な私には高いハードルとなっています。座箒を使うのは楽しいのですが、きものを着て立て膝で後退したら、きっと裾が乱れるに違いありません。(「着物 裾 乱れ」なんて検索ワードでここへたどり着く男性諸氏へ。あなたの想像とはまるで違う場面なので、速やかに退去してください。)

ちょうど、私がペアを組むYさんと顔合わせができたので、役割分担をしました。どちらもまだ半東しか経験していません。「じゃあ、Yさん、ご亭主をどうぞ。」 謙譲は美徳なり。私としては半東をもう一度やり直して、昨年の汚点をすすぐべく努めたいです。続き薄を真ん中で分けて、薄茶部分からは私がさせていただくことになりました。

お花は籠に縞葦、金水引、桔梗の三種。お菓子は「清流」という涼しげな棹物と生姜の吹き寄せでした。

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2009/07/08

北野大茶の湯の不思議

岡崎の府立図書館で借りてきた「別冊太陽 日本のこころ155 千利休 『侘び』の創造者」(平凡社、2008)を読み進めています。利休ゆかりの茶道具や消息、安土桃山時代の屏風など、写真が豊富に掲載されているので、とても読みやすいです。(ところでこの図書館の茶道関連図書はここ数年でめざましく充実しています。私は何もリクエストしていませんが、やはり府下に茶道に関わる人が多いからでしょうか?)

今不思議に思うのは、天正15年10月北野大茶湯が当初10日間を予定しながら一日のみで終わっていたこと。「この北野大茶湯は不成功に終わり、一日で中止になった」と中村修也氏が書いていますが、なぜ中止されたのでしょう? 同年7月末に京に建てられた高札には、「若党、町人、百姓已下によらず、釜一、釣瓶一、呑み物一、茶焦がしにても苦しからず候」、ひっさげて来なさいと記されているのですが。

身分によらず一般大衆に参加を呼びかけたという点では、太閤秀吉の寛大な心をアピールしているようですが、都の人々は太閤が期待したほどには喜ばなかったということでしょうか。下克上の時代とはいっても、権力者の機嫌次第で命が飛ぶのは目に見えています。いくら「おいでおいで」されても、真に受けずに遠巻きに眺めるのが複雑な身分社会を生き抜く庶民の知恵というものです。今で言うと幕張メッセに大から小まで1500ものブースが立ち並んだけれど、入場者が少なくて、関係者ばかりが相互訪問していたという感じかな。

北野大茶湯の真の目的は、太閤のお宝道具を一般公開することだったようです。民主主義のこの世であれば、東博の阿修羅展なみに大混雑したかもしれませんね。

私が釜一つ釣瓶一つの侘び数寄者だったとしても、それをひっさげて北野へ行く気にはならなかったと思います。いくら主催者が寛容でも、警護係はフツーの武士でしょうから、「なんやねん、その薄汚い格好は」と言われて追い返されるのがオチ、、。そもそもお茶代など諸経費を太閤様に請求してよろしいんでしょうか。

でも、大茶の湯というイベント自体は画期的だと思います。ここは新宿御苑か日比谷公園でぱあっと「茶の湯マーケット」を開催しても面白いのではないかと。もちろん、コミケに対抗して。「今年のチャマには参加する?」なんて挨拶が飛び交う様子を想像してみたりしました。

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2009/07/05

茶の湯の時代

NHK大河ドラマ「天地人」、前々回から千利休が登場して画面に茶の湯のシーンが映る機会も増えました。今夜の放映では、家康と兼続を客に招いた小間で利休がお点前をする場面や、兼続の弟実頼が兄に負けぬものを持ちたいと茶の湯を志し、兄の前で薄茶を点てる場面がありました。

「あれ」と思ったのは、利休が返された井戸茶碗に湯を注いで切り柄杓をしていたこと。私の頭の中では「ここは置き柄杓やね」と想像しながら観ていたので、「時代が違うとお点前も違うんかな」と猛然と好奇心がわきました。番組の茶道監修は鈴木宗卓氏と、これはずっと記憶していたので、番組終了後さっそくネットで検索してみました。

なるほど、納得。鈴木宗卓氏は表千家の先生なのでした。ついでに、昨年の大河「篤姫」でも茶道監修を務められ、皆さまのご記憶にも残っているかもしれませんが、篤姫が大老井伊直弼と茶室で対峙する場面も、同氏の指導のもとに撮影されたことがわかりました。井伊直弼を演じた中村梅雀丈のブログにたどりついたのです。

先週から始まったNHK趣味悠々「武者小路千家 茶の湯のある暮らし」でも、風炉薄茶点前のなかで置き柄杓と切り柄杓が出てきましたが、手順や意味合いは私が学んでいる裏千家のそれとは異なりました。「三千家のなかでもビミョーに差異化されてるんやね」とますます興味が深まります。今後の放映も楽しみです。

のほほんと大河ドラマを見ている目には、茶の湯の場面が出てくるだけで嬉しくて、つい細部に関心が行きがちですが、考えてみればこの時代、茶の湯を楽しめたのは社会のごく一部の富裕層だけなのです。私が桃山時代に生まれていたなら、きっと足軽の女房かなにかだろうし、茶を口にすることなどないままに一生を送ったでしょう。そもそも女性が茶の湯をたしなむ風潮はまだなかったと思います。

木村佳乃演じる利休の娘、お涼が茶を点てている場面も、当時の人々からすればとても目新しいものだったのに違いありません。このドラマ、どこまでが史実でどこからが創作なのか判然としない所もありますが、はたして女性のお点前があり得たのか否か。気になってしかたありません。

これを機会に利休の生きた時代を学ぼうと、例によって図書館から資料を借りてきました。お茶事の事前学習の方がよほど切羽詰まっているのですが、土壇場にならないとエンジンがかからない性分は、何度生まれ変わったとしても治りそうにありません。

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2009/06/28

一保堂「嘉木」

暑い。口に出しても詮ないことはわかっているのですが、いやー暑い。区役所で用事を済ませた帰り道、「かき氷か、アイスレモンティーか、とにかく何か飲みたい!」と自転車をこぎながらお店を思い浮かべます。ちょうど御所西のとらや茶寮の前を通りました。しかし、かき氷に1000円出して食する格好ではありません。「噂の播磨屋ステーションでフリードリンクをいただこうか?」 でも、お煎餅をいただくならもう少しお腹を空かせたい。「そや、一保堂。」

4月初めに御池西洞院の丸久小山園茶寮「元庵」でお薄をいただきました。とても美味しい薄茶が600円(お干菓子付き)。「茶舗の茶寮はお得やわ」と感じたとたん思いついたのが茶寮めぐりです。福寿園も辻利もまだ行ったことがないので、この際茶寮くらべも面白いかも。まずは一番身近な一保堂から訪ねます。

一保堂の茶寮「嘉木」に入るのは初めてです。いつも表の店舗で用を済ませているし、茶寮の営業時間に行くことがなかったのです。平日の昼下がりにお店を思い出したのは幸運でした。WEBには出ていない平日のお昼限定のメニューが充実しています。私は「北野の昔セット」を注文しました。濃茶でも薄茶でもOKですが、やはりここはお薄です。セットは玄米茶かほうじ茶を選択でき、生菓子がついて、なんと767円。お薄単独では619円ですから、セットのお得感が増すというもの。

「幸楽屋の朝顔」という薯蕷饅頭が出され、次いで柳に燕の京焼茶碗がやってきます(自分で点ててもいいのですが、せっかくなので点て出しを注文しました。) うん、美味しい。泡立ちという点では「元庵」の薄茶に及びませんが、この後にポットでお代わり自由の玄米茶が喉を潤してくれます。一保堂ロゴ入り布巾をお手ふきに出してくれるのも嬉しい配慮です。使い捨ての紙おしぼりでは手を拭いた気になれませんものね。

席にはMUJIの時計が置かれており、「一煎目は20秒ほどたってから注いでください」という店員さんのアドバイスを即実行できます。香ばしい玄米茶をいただきながら周囲を見回すと、隣のテーブルでは修学旅行生のグループがタクシー運転手さんを囲んでお薄のセットを注文しています。男子生徒がふたり、店員さんの手ほどきで必死に茶筅をふるい、女子がデジカメで撮影しています。やがてそれぞれにお茶碗が運ばれてきたのですが、全部絵柄の異なるお茶碗で、数茶碗ではありません。こういう配慮も好ましく感じられました。

銘柄が「さやかの昔」だと473円、生菓子の代わりにお干菓子だとさらに105円割引になります。つまり、お干菓子付きで368円。コーヒーや紅茶を飲むよりも安い。地元老舗茶舗の心意気でしょうか。店内は広くて席数も多く、お茶をお代わりしながら長居しても急かされない、ゆったりとした雰囲気が気に入りました。なによりも修学旅行のタクシーが利用しているのが信頼の証です。今度は玉露の淹れ方を教えてもらって、じっくり味わいたいです。

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2009/06/24

「ルソンの壺」(福寿園の巻)

日曜朝8時に関西地域で放映されるNHK「ビジネス新伝説ルソンの壺」は、以前にも取り上げたことがありますが、関西の企業の研究開発にまつわるストーリーを、毎回社長をゲストに招いて紹介するという関西ならではの番組です。6月20日に登場したのは、宇治茶の老舗「福寿園」の社長、福井正憲氏です。

福寿園は創業200年を越える老舗茶舗です。宇治茶の生産農家から茶葉を買い付け、自社の茶師の手でブレンドして、さまざまな味、香り、水色のお茶を作り出します。高級茶である玉露は、茶畑に覆いを掛ける「覆い下栽培」で育てられた50種もの茶葉をブレンドして、毎年同じ味になるよう仕上げるそうです。

生産農家により栽培環境が異なるので、できあがった茶葉もさまざまな性質を持っています。香りの良い茶葉、苦みのある茶葉など、人と同じでその個性を生かしてまとめあげると、独特の味わいを持ったお茶になります。

しかし、高級緑茶が売れなくなり、大手飲料メーカー(サントリー)から共同でペット飲料の開発の話があった時、福井社長は「お茶の味には妥協しない」方針で、自社内で研究させたとか。常温でも緑茶の上質な味が出せるように苦心した裏には、「練り火」という伝統的な焙じ方にヒントを得た技法がありました。この「練り火」により、香りが茶葉に封じ込まれて、大量生産のラインに載せても香りが保たれるのだそうです。こうしてできたのがペットボトル茶の「伊右衛門」です。

福井社長のことば。「お茶がなければ滅茶苦茶です。」 お茶というのは嗜好品、けれども生活になくてはならないもの。「伝統をバカにしてはいけません。」 伝統の中にこそ新しいものを生み出す種があるのです。伝統を守るだけではなく、育てることが大事だということばが印象に残りました。

「福寿園」は京都の目抜き通りである四条通りに、茶寮やレストランを併設した京都本店を昨年の秋にオープンしました。レストランではお茶をソースや味付けに使った料理を出しており、番組でも社長が自ら試食する場面が紹介されていました。宇治茶の魅力を世界に発信しようとする老舗茶舗のチャレンジをこれからも見守っていきたいです。

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2009/06/21

行き当たりバッタリ夏至のお稽古

勤務先で研修会の講師を任され、慣れないパワーポイントと格闘すること1週間、ようやく仕事を果たして週末を迎えると、バッタリ。例によって布団に沈んだお茶カッパのあくあです。1週間フルに働くと完全にエネルギー切れ。西日本に雨は足りないわ、私に水分が足りないわ、、。

エネルギー補給には一に睡眠、二に睡眠、三にビタミン摂取としてフルーツを食べまくります。現代のカッパは胡瓜では物足りない。(胡瓜も好きです。) 天気予報ではようやく梅雨らしい雨空になりそうですから、あとしばらくの辛抱です。

とてもお稽古できる状態ではないのですが、仕事に出た勢いでお稽古場に向かいます。「お稽古茶事の亭主役をどうしよう」と迷っていましたが、お呼びのかかるうちが華と思い定めてエントリーしました。2ヶ月後の予定です。必要なのは体力増強です、私の場合。

順番が逆になりましたが、続き薄と初炭手前をお稽古しました。続き薄、用意するものは覚えられましたが、薄茶に切り替わるところで棗を忘れてお茶碗と建水を運びだそうとしました。お茶碗と建水、妙に記憶に焼き付いているのですが、たぶん棚を用いた点前の残像でしょう。正しく棗とお茶碗を運び出したはいいのですが、置き合わせの位置がとっさに出てきません。(前回メモしたところ。涙)

初炭手前、炭斗を持ち上げて足を踏み出したとたん、組んだ炭がガラガラと崩落します。むむむ。いつも思うのですが、この炭の組み方、わざわざ不安定にしなくても、、。炉中に注ぐ順に並べてはいけない? いけないですよね(ため息)。手前の大方は頭に入っているようですが、頭のお皿の水が足りなくなると、どこかを端折っています。風炉の胴横を帛紗で拭くのはいいのですが、釜の蓋も浄めるのを忘れました。拭き直したら、今度は蓋を切るのを忘れました。

炭斗を下げて、さあ座箒。あれ、座箒はいずこに? まだ誰もお稽古していなかったので、いつもの定位置に見当たらず、あわてて押入から出しました。「私、本当に亭主なんてできるんやろか?」 最近、仕事もお稽古も行き当たりばったりの冷や汗続き。お稽古を終えて帰宅するなり、バッタリと布団に倒れ込みました。

お花は矢筈薄に河原撫子、かき蘭、蛍袋、虎の尾の五種。お菓子はおそらく「岩清水」と銘がつきそうな粒餡の葛餅に「二人静」らしきおちょぼでした。

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2009/06/13

雨あめふれふれ梅雨のお稽古

昨年も一昨年も感じていたことですが、紫陽花が美しく咲いているのに空梅雨では見る人の気持ちも乾いてしまいそうで、早くまとまった量の雨が降ってくれるのを切に願っております。松山では給水制限が始まり、今年も四国の早明浦ダムがニュースになりそうな気配で、水に縁の深い私もじりじりと干上がってしまいそう(そうか、私はカッパやったんか、、納得。)

「あくあさん、7月7日の貴船の水まつり、行かれますか?」 お稽古場に水まつりの案内が貼り出されています。貴船の清流と緑陰を思い出します。ああ、行きたいな。小説を読みふけって昼寝をしそびれ、いつもながらぼーっとした私は、手帳を持ってくるのを忘れました。筆記具すらありません。「それとお稽古茶事の日程が決まりましたよ。」 必死で頭の中のメモ帳に書き込みます。

同じ「ぼーっと」状態でも、寝覚めの悪い時と睡眠不足の時では、どうやら後者の方が救いがたくボロボロのようです。今回私は自分でも「とんでもなくボロボロなお稽古」、略してTBOをやらかしてしまいました。唯一の慰めはお道具に影響がなかったことでしょう。

手始めに「フツーの」棚薄茶点前をお稽古したのですが、お茶碗を引いて茶巾を出す順がわからなくなり、そもそも自分がお茶碗を引いたのかどうかもわからなくなりました。瞬時に記憶が飛んでいる。というより、無意識で行っている動作と注意を向けているポイントがずれて、前後がつながりません。胸中に暗雲立ちこめるせいか、茶筅を振る肘から手首までが固まってしまい、攪拌になりません。表面上は泡立っているのですが、案の定返ってきた空のお茶碗には溶けきれなかった茶の溜まりが残っていました。

次にお茶事の部分稽古として続き薄茶と初炭をさせていただきました。ここでも前後がメチャクチャです。茶入から茶をすくい出し、お茶杓を茶碗に預けたその手で水指の蓋を開けてしまい、先生がご覧になっていないのをいいことに、そこからお茶杓を取り直して続行しようとしましたが、「おや、なんで水指の蓋が開いているんですか?」 あああ、誤魔化そうとした私が阿呆でございました。先生は一瞥して異常を察知されるのです。すごい。先生のこの眼力、脳科学的に分析してみたい。

というわけで、次の炭手前は付ききりでご指導いただきました。月形の切り方も実際に「薄く、ほんの先で」という加減を見せていただいたし、下火の直し方、釜の位置の直し方もよくわかるように教えていただきました。内容が濃すぎて、まだ消化しきれていません。「できの悪い生徒って得かも」と思いつつ、「これでは、今さら亭主をやれませんとは言われへんし」と思うと、水底へ帰るに帰れなくなったカッパの心境です。とりあえず、頭のお皿に水をつぎ足しておこう。

掛物は「明歴々露堂々」。これほどお軸の禅語が身にしみたことはありません。お花は桂川籠に蛍袋、河原撫子、突抜忍冬、下野、錦糸梅、乳茸草(アスチルベ)、赤花破れ傘の七種。お菓子はこなしの青梅に生姜煎餅でした。

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2009/06/10

お干菓子のお気に入り(28)

紫陽花が見頃だというのに雨が降らないなと思っていたら、昨日ようやく梅雨入りが発表されました。今年はおしゃれなレインブーツが流行のようです。若い同僚たちが早速履いているのをチェックしていたら、「これが意外に重くて疲れるんです」と聞きました。おしゃれも楽やないねえ。おばさんは洗えるサンダルを裸足で履いて、職場に着いてから靴下と上履きに履き替えます。

お干菓子も、おしゃれではないけれど風味が気に入って、このところ明治製菓ガルボをいただいております。「チョコ染み出す不思議食感」と謳われているとおり、「これぞB級お干菓子!」と言いたくなる軽い口当たり。コンビニで買える手軽さもよし、値段(1本あたり23円強)もお手頃と三拍子揃っています。

昔懐かしいフィンガーチョコに似ているのですが、単にビスケットをチョコでコーティングした品ではありません。噛む度にチョコの粒がはじけるような、新鮮な味わいがあります。だまされたと思って、一度召し上がってみてください。ただし、「ガルボミニ」はお薦めしません。見た目がイマイチなので。

「なんで明治製菓ばっかり?」と言われそうですが、幼い頃からすり込まれた味なので他を試そうという気が起きません。それにしても次から次へと新製品を出す心意気、私は大好き。今や台湾や中国向けに日本製チョコレートの輸出が伸びているようです。昭和の時代には「ハーシーズ」や「リンツ」など欧米の大手メーカーのチョコがあこがれの的でしたが、それと同じように「メイジ」や「モリナガ」「ロッテ」がアジア圏で人気を得つつあるのかもしれません。

日本食が世界でブームになっているように、日本人の味覚や美意識が評価される時代です。和菓子も近いうちにブレイクする予感がするのですが、まずはお干菓子が入り口になるでしょうか。(このシリーズだけ英訳しようか、、考え中。)

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2009/06/03

泉屋博古館にいく

この画面の右側に「茶道具の蔵(関西編)」と題してリンクを張りながら、私自身はすっかり出不精になってしまい、美術館への足が遠のいています。そんななか、思いがけずブログ友だちの柳居子さんとお会いする機会に恵まれ、インフルエンザ騒動で人影も少ない静かな一日、柳居子さんお気に入りの泉屋博古館にご案内していただきました。

東山山麓にあるこの美術館は、住友グループの住友家、特に第15代住友吉左衛門が収集した中国古代の青銅器や鏡で有名です。私の記憶では茶道具もあったと思うのですが、平成14年に東京に分館を新設して、そちらに茶道具、能衣装、近代の陶磁器などの所蔵品を移したようです。

広大な敷地に建てられた2階建ての本館には常設展示「中国青銅器の時代」が、青い芝生を挟んで奥にある新館には春期展住友コレクション「雅なる香りの世界」が開催されていました。

青銅器というと地味な感じがするのか、柳居子さんによれば「いつ来ても人がほとんどいない」、言い換えればいつでも貸し切り状態で楽しめる美術館です。私は初めて訪れたのですが、青銅器のコレクションの豊富さ、および鏡の数に圧倒されました。広い室内に展示ケースがずらりと並ぶのですが、全く圧迫感を感じさせず、静けさの満ちるなか古代の青銅の水差し、酒器や鍋類が独特の光沢を放って見る者の目を惹きつけます。

商(殷)や西周の時代というと今から三千年前、その時代にこれほど高度な鋳物技術があったとは。最初に私たちを出迎えるのは大きな「虁神鼓(きじんこ)」。精巧な獣面文様が施されています。そこから時代を辿っていくと、聖獣や植物のデザイン、さらには漢字の祖である銘文が登場し、文様も立体化しながら洗練されていく様子がわかります。

戦国前期の編鐘は、大小の鐘で音階を鳴らします。展示室では実際に録音された音を聞くことができ、意外に澄んだ明るい音色に驚かされます。圧巻は鏡の数々で、背面のさまざまな文様の変遷が興味を引きます。これらの鏡は実用品ではなく呪力のある神器だったそうです。確かに、自分には見えぬ姿を映しだす鏡に、古代人が超自然的な力を感じたのも無理はないと思いました。

「雅なる香りの世界」では香木や香炉、香箱が展示されています。多くの香木があるのに、実際にその香りを嗅ぐことができないのは残念です。(わずかでも切片をビンに入れてくれたらいいのに。まあ、無理でしょうが。) 香道具はどれも小さく愛らしく、雛人形のお道具を連想させます。香道が盛んだった江戸時代の姫君や奥方が手にとって愛用したのでしょう。清潔好きな日本人は香りも好き。香を焚くことで場を浄めるという伝統を持っています。近年のアロマブームも伝統回帰の一つの表れかもしれません。お店でスティックやコーンのお香を買って、手軽に家で香りを楽しめる現代は、誰もが王侯貴族の暮らしを得られる豊かな時代だと思います。

本館と新館の間には広々とした芝生の庭があり、東山の木々を間近に臨めます。山の懐に抱かれた静謐な場所で、人類の記憶をとどめる青銅器に出会うのは、過剰な情報や雑音にまみれた心身を浄化するひとときとなりました。

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2009/05/31

すすいで流してのお稽古

狭い家のなかで、3歩行っては何をしようとしていたのか思い出せず、途方にくれる有り様です。やりかけの家事があちらこちらで頓挫しています。冬物セーターの繕い(同色の糸が見つからないまま)、開きっぱなしの携帯のマニュアル(新機種に替えて操作ができないまま)、チラシの束(安くなったら買おうと思って取り分けたまま)、雑誌の山(オークションに出すのにまだ画像を撮ってないまま)、各種書類(ファイリングしないまま)、資料の山(仕事への意欲がわかないまま。)ああ、ままならない。

こういうときにこそ、さっと家を出てお稽古場へ向かいます。今月は久しぶりに皆勤です。(いや、これが当たり前なんですけど、、。)

暑くもなく寒くもなく、過ごしやすい絶好のお出かけ日和に、新型インフルエンザ騒動で観光客が減っているせいか、「京都ってこぢんまりした町やったんや」と見直してしまうほど町が静かで落ち着いています。もう誰もマスクなんかしてません。いったいあの騒ぎは何だったのでしょう?

「今日もしっとり、おっとりを心がけよう」と濃茶点前から始めました。ゆっくりと呼吸に気をつけながら四方捌き。すーっ、はーっ、すーっ、はーっ。自己催眠に近いなあ。茶碗にお茶を入れて湯を注ぎ、切り柄杓。練るふりして(薄茶仕立てのため)、さらに湯を足して置き柄杓。さあ、茶筅を持って手首をフル回転っと。「あくあさん、肩に力が入ってますよ。肘から動かして。」

うーむ、どうしても気持ちと一緒に力が入ってしまいます。次は久しぶりに台天目に挑戦です。ああ、この「挑戦」がよろしくないのかもしれません。ファイト一発!というような過剰な気合いを招くのかも、、。

台天目、お台を拭くための真の四方捌きが入ります。帛紗を手前手前に折りたたんでいくところを向こうへ向こうへ畳んでしまい、また一からやり直しです。膝の上で茶筅通しがあったことは覚えていましたが、その前の小すすぎをど忘れしていました。象牙の茶杓の拭き方は独特です。帛紗のなかで押し出し、向こうを持って一二と引き出したら、「そんなにギュッギュッと力を入れないの。すーすーと静かに。」あー、やっぱり気合いが入っていましたか?

お花は矢筈薄に小額紫陽花、七段花、京鹿子、白の河原撫子の五種。お菓子はこなしの青楓にどなたかの旅土産という黒豆煎餅でした。そういえば、わが家のベランダ茶花園、京鹿子の株は春になっても蘇らず失敗しましたが、紅白の河原撫子、桔梗は今満開です。

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