南座・玉三郎&鼓童「アマテラス」
南座での「鼓童結成25周年記念 板東玉三郎・鼓童共演アマテラス」は、チラシを観たときから絶対に行きたいと願っていた公演でした。「古事記」を読んでいたので、天の岩戸の場面をどのように演出するのか、とても興味がありました。チラシのアマテラス姿の玉三郎の美しさ。最高の神格を持つアマテラスを演じられるのは、この人しかいないでしょう。
友人が千穐楽のチケットを確保してくれたため、早めに南座に入りました。花道が取り払われて、館内はいつもとは異なる熱気で溢れています。日曜日なので男性が非常に多いのと、鼓童ファンがお祝いに詰めかけているからでしょうか。
低い銅鑼の音から、舞台の幕が開きました。スティールパイプで組んだ櫓が三基、それぞれに大小さまざまな銅鑼が吊されて、奏者の脇に座っていた人影が順に階段を下りてきます。銀の衣装で横笛を吹く月読命、金の衣装のアマテラス、そして青の衣装のスサノオ。舞台には鼓童のメンバーがそれぞれの楽器について演奏しています。公演の前半は母を亡くしたスサノオの乱暴狼藉ぶりとそれをたしなめるアマテラスのやりとりを中心に、アマテラスが嘆いて身を隠すまでを演じます。アマテラスが黄とオレンジの、スサノオが青と緑のぼかしに染められた大きな絹布を巧みに翻して、それぞれの感情を表現するさまが大変見事でした。とりわけ玉三郎は、京劇のような身振りで細やかな表現を尽くし、絹布をたぐり寄せ美しいドレープを描いて身に巻き付けます。どの瞬間も美しい姿を見せる、その役者魂には感嘆いたします。
休憩を挟んで後半は、闇に閉ざされた高天原での神々の集会と、アメノウズメの踊り、アマテラスの登場により世界に光が戻るまでを描きます。神々の集会と祭りの場面は鼓童の演奏の見せ場が続きます。大小さまざまな太鼓の見事なセッションには圧倒されました。ねじり鉢巻きに股引姿の男たちの鍛え抜かれた身体が美しい、彼らの腕と連打されるばちが描く軌跡も美しい。和太鼓の音は館内の床から直に足元に伝わってきます。とにかく圧倒されました。
天の岩戸から出てきたアマテラスは、純白の衣装に身を包み、最小限の身振りのみで演じます。きれいだけれど、どこかに違和感がある。アメノウズメを演じた女性も鼓童の一団も人間の身体の美しさを自然のままに見せています。とても人間くさい集団の中に、白塗りの化粧のアマテラスが加わると、微妙にそぐわない感じがただよいました。歌舞伎というすべてが非日常である舞台とは異なり、鼓童は自然の中の生活を強く感じさせる集団なので、まるで次元の違うものが同一面に立っている違和感がそうさせるのでしょう。あるいは女性の横に並ぶと、女形という約束事のなかで生きている玉三郎が異形の存在として浮かび上がるからでしょうか。
そんな疑問も鼓童の力強い演奏の前には吹き飛びました。幕が下りても拍手は鳴りやまず、6,7回もアンコールが続きます。観客はほとんど総立ち、祭り拍子に手を打ち、館内がすっかりお祭りと化しました。最後は5本締めでようやくお開きとなり、皆が紅潮した顔で帰っていきました。私は鼓童の公演は初めてでしたが、「鼓童畏るべし」と思いました。こんなに生命力を回復させてくれる公演も珍しい。これこそ究極の癒しではないでしょうか。
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